春になったと思ったら、いきなり夏日です。トライアルGP日本大会はちょっとしか暑くなくて、よかったよかった。

藤波失速でラガが初タイトル

表彰台

左から、初の2位獲得のトニー・ボウ
初のアウトドアチャンピオン、ラガ
くやしい藤波貴久

 世界選手権は第9戦を迎えた。9月3日(土)、ドイツのGefreesの開催で、今回は2日制の競技だ。
 土曜の第1日目はアダム・ラガが優勝。藤波はまさかの8位となった。
 日曜日、ラガはまたしても勝利し、藤波は3位。
 ドイツGP終了時点でランキングトップのラガと2位の藤波のポイント差は30点となり、最終戦ベルギーGP(1戦のみ)を待たずにラガの世界チャンピオンを決定した。



【土曜日】
 世界選手権最終編ベルギーラウンドを前に、今年最後の2日制となったドイツ大会。藤波貴久が世界選手権2連覇を実現するには、ここはなんとしても勝利をものにして、さらに宿敵アダム・ラガが少しでも下位に落ちてくれる必要があった。
 会場はゲフレ。乾いた岩場のセクションは多かったが、バリエーションも豊富で、自然の地形のトライアルといっていい設定。単発のテクニックを高度なレベルで評価されるインドア風セクションでは、ラガとガスガス300の戦闘力は圧倒的だと認めざるをえない。けれど今回の会場は、そこまでインドア風ではなかったから、藤波にはチャンスがあると思われた。

藤波貴久
タイトルへの逆転劇はならず。
藤波貴久

 序盤、タイトルを争うふたりは、かなりぎこちないスタートを切った。スタート順は、藤波、ボウ、ラガが最後の3番に並んだ。これはくじ引きの結果。藤波の失敗は、ほぼラガには筒抜けだが、藤波の失敗を見たラガもまた、似たような失敗を繰り返した。13点のビハインドを逆転してチャンピオンをもぎ取ろうとするには、そうとうな精神的プレッシャーがある。同時に、初のタイトルに向けて、最後の仕上げをするほうも、そのプレッシャーは並大抵ではない。去年藤波は、圧倒的な大差を持って最終戦に臨んだものの、やはりその走りは堅く、勝利でチャンピオンを決めるには至らなかった。初めて世界チャンピオンになるという重荷は、やはりそうとうに大きい。
 二人のチャンピオン候補の苦しみを尻目に、好調に試合を進めたのが、マルク・フレイシャとトニー・ボウだ。フレイシャはご存知の通り、藤波やドギー・ランプキンと同じ、モンテッサHRCチーム所属。今シーズン、チームの中で2ストロークから4ストロークへの乗り換えに、もっともてこずって見えたのが、フレイシャだった。その彼がトップをゆくのだから、本来、藤波がこのポジションを走れないわけがないのだが、トライアルの現場では、計算づくにはことが運ばない。

フレイシャ
もう一歩で勝利をのがした
マルク・フレイシャ

 チャンピオン争い、そしてランキングの上位争いの主役であるランプキンやアルベルト・カベスタニーは、フレイシャやボウより、わずかに多い減点で、試合を戦っていた。
 しかし1ラップ目中盤、ついにラガは、本来の実力を発揮しはじめた。ぎこちなく、チャンピオン争いに押しつぶされていたように見えたラガは、いきなり復調して、ラガだけが持つ万全のテクニックを発揮しはじめた。1ラップが終わった頃には、トップをいくフレイシャにほぼ追いつき、4点差でトップの座をうかがう位置にまで回復していた。
 3位は、ボウがやや後退して、カベスタニーとジェロニ・ファハルドが28点の同点。トップを狙うには、やや遅れが大きいポジションだ。ランプキンは、さらに多くの減点をとり、そして藤波は多くの5点をとって、復調どころか、8位のポジションから脱却できないまま、苦しい戦いを続けていた。
 2ラップ目、ラガの復調はさらに著しかった。5点はたったひとつ。2ラップめの小計はたった15点で、フレイシャをたった1点ながら逆転。藤波がどうしても勝たなければいけなかった1戦で、ラガは勝利した。2位はフレイシャ、3位はランプキンが入った。

黒山
負傷、マシントラブル。
不運の黒山健一

 8位のままゴールした藤波とラガには、いまや25点のポイント差。藤波が逆転チャンピオンとなるには、この日の逆パターンで、藤波が優勝、ラガが8位という図式が、残る2試合に渡って展開されなければいけない。今シーズン、4位以下になったことがないラガを前に、藤波は万事休すとなった。
 8位藤波の直後のポジション、9位を得たのは黒山健一。黒山は、序盤の第2セクションで肩を脱臼するという重傷を負いながらの闘い。藤波とは14点差、10位のブラズシアクとは13点差の孤高の9位となった。
 野崎史高は、1ラップ目の16位から2ラップめに減点を減らして12位まで食い込んだ。今シーズンは無得点が一度もない野崎のこと、16位ではその記録が止まってしまう。2ラップ目の50点は、黒山に次ぐ9番目のスコアだった。

【日曜日】
 土曜日は序盤に気持ちの弱さを垣間見せたラガだったが、日曜日はそんなそぶりはまったく見せず、最初から絶好調を突っ走った。
 前日に対して、第1と12、ふたつのセクションがモディファイされ、第1はより難易度がましていた。

ラガ
一発芸はお手の物
アダム・ラガ新チャンピオン

 藤波は、前日の成績によってスタート順位がどのトップライダーより早い。通常の感覚では、このスタート順となった時点で、すでに勝利への方程式は崩れ去る。
 しかし藤波は、序盤からチャンピオンらしい闘いを見せる。難易度がはるかに増した第1セクションでは、3点ながらここを走破した初めてのライダーとなる。第1セクションは難関で、ここを5点以外で出られたのは、藤波以外ではたった二人しかいなかった。ボウとフレイシャだ。ボウは1点。フレイシャは、なんとクリーンだった。ラガを含む、他のすべてのライダーは、みな5点となった。
 しかしラガは、第1セクションでの5点を冷静にこれを克服した。この5点以外、ラガの減点は足つき3回のみ。残る14セクションを、たった3点で走破してみせたのだ。たった8点で1ラップを終えたラガ。こうなると、この勢いを泊められる者は、もはや誰もいない。
 1ラップ目、8点のラガに次ぐはカベスタニーで11点。そして復活なった藤波が14点で3位と健闘している。ボウが15点、ファハルドが18点。5点となるポイントは多いだけに、まだまだ先がわからない接戦だ。
 前日の藤波を思い出させるように、日曜日のランプキンは乱調だった。なんと29点で9位。26点のフレイシャについでいる。フレイシャも、土曜日に優勝しかけた勢いがどこへいったのか、低迷している。
 2ラップ目に入って、さらに番狂わせが起こった。ファハルドがなんと36点の大量減点を叩き、カベスタニーは26点。1ラップ目の好調から、スコアをどかんと落としている。反面、ランプキンは驚異的な踏ん張りで、4位までポジションを戻している。

野崎史高
連続ポイント獲得記録更新中
野崎史高

 こんな中、ラガだけが別次元の戦いを続けていた。もはや、その他のライダーにチャンスはない。ラガは2ラップ目もたった9点。この日を見事な勝利で飾るとともに、文句のないかたちで初のアウトドアチャンピオンを決めたのだった。
 2位はこれが初の2位入賞となるトニー・ボウ。ボウは、これで今年2回目の表彰台となる。
 苦虫をつぶしたような表情で最後の表彰台に乗ったのが藤波貴久。横には、ちょうど1年前の藤波と同様、歓喜にあふれたラガがいた。
 アダム・ラガ、2005年ワールドチャンピオン。ガスガス・ライダーのチャンピオン獲得は、1995年のジョルディ・タレス以来となった。
 黒山健一は、1ラップ目第1セクションでマシントラブルを起こしながら8位。野崎は1ラップ目の13位から2ラップめにジャンプして10位だった。2ラップめに限っては、ファハルドをも上回る9位のリザルトを残している。

第1日目リザルト

1位 ラガ 37
2位 フレイシャ 38
3位 ランプキン 51
4位 ファハルド 54
5位 カベスタニー 58
6位 ジャービス 66
7位 ボウ 68
8位 藤波貴久 68
9位 黒山健一 82
10位 ブラズシアク 95
11位 パスケット 101
12位 野崎史高 103
13位 モリス 104
14位 ダビル 107
15位 コナー 112

2日目リザルト

1位 ラガ 17
2位 ボウ 26
3位 藤波貴久 31
4位 ランプキン 37
5位 ジャービス 37
6位 カベスタニー 37
7位 フレイシャ 46
8位 黒山健一 49
9位 ファハルド 54
10位 野崎史高 72
11位 パスケット 74
12位 ダビル 77
13位 モリス 85
14位 ブラズシアク 89
15位 クロウステック 109

ここまでのポイントランキング

1 ラガ 235
2 藤波 205
3 ランプキン 201
4 カベスタニー 199
5 ボウ 162
8 黒山 117
12 野崎 59

【2005年シーズンの世界選手権】
 3年連続インドアチャンピオンのラガが、いつかアウトドアでも才能を開花する日が来るだろうことは、誰の目にも明らかだった。それは2005年なのか、あるいはもっと先なのか。
 2005年は、ラガ以外は、みなそれぞれに環境の変化があった。カベスタニーはベータからシェルコにマシンを乗り換えたし、藤波、ランプキン、フレイシャの3人は、2ストロークから4ストロークへの大チェンジがあった。この乗り換えは、近年の世界選手権では前例がないことであり、加えて、彼ら専用のワークスマシンの製作に時間がかかった。作業が遅れたという印象はないが、年明け早々にインドア世界選手権がはじまるトライアルのスケジュールでは、落ちついてマシン開発を進める時間など、ありはしないのだ。
 環境が変化したライバルに対して、ラガだけは従来どおりの体制で、選手権を戦える。これがどれほど大きなアドバンテージとなるのか、シーズン前にはそれほど大きなファクターとは思えなかった。事実開幕戦ではランプキンが勝利して、4ストロークマシンの実力を示し、そしてラガがまだ先進的に不安定なものを持っていることなどが露呈した。藤波が、ゼッケン1を背負うことの重圧をあらためて実感した大会でもあった。勝利こそほとんどなかったが、序盤に圧倒的安定を示したのがカベスタニーだ。乱調の多いカベスタニーが、環境が変わって変化を見せたのかもしれないと思えた。
 その後、日本大会を機に藤波が調子を取りもどし、昨年のペースを取りもどすかに見えた。しかしモンテッサ・ホンダ勢にとって悪夢だったのが、フランス大会だ。インドアシーズンをほとんど開発のための時間に費やしたモンテッサ勢は、インドア風セクションが苦手だ。ところがフランス大会は、サーキットの周囲に設けられたインドア風セクションが大半。ここでランプキンが負傷し、藤波はまさかの8位に低迷するという大波乱。
 その後、藤波、ランプキンともに調子を取りもどしラガを追撃するが、ラガもなかなかしぶとかった。ラガがチャンピオン獲得へのプレッシャーに負けて乱調すれば、藤波にもチャンスがあるかと思われた終盤戦、プレッシャーに負けた形となったのは、藤波のほうだった。
 ドイツ大会までの14試合のうち、半分の7試合をラガが勝利、カベスタニーが1勝、藤波とランプキンが3勝ずつ。4ストロークマシンは、勝率4割3分。4ストロークマシンの勝機を疑っていた面々には、それを撤回させるに充分の数字だが、しかしタイトル防衛を疑っていなかったチームには、やや不満の残るシーズンとなったにちがいない。
 トライアルは、他のどんなモータースポーツにも増して、マシンとライダーの一体感が要求されるスポーツだ。極限のセクションで、瞬時の対応が要求される現場で、開発とマシンへの完熟をわずか3ヶ月の間におこなわなければならなかった(しかもその間には、開発中のマシンとは別のスタンダードマシンでインドア世界選手権への参戦もした)モンテッサチームの3名の今シーズンの激務は、観戦する側の想像をはるかに越えるものだったにちがいない。
 ロードレースでもモトクロスでも、4ストロークのニューマシンは好成績をおさめている。今では、2ストロークには出る幕がない。しかしそこには、排気量の制限などのハンディを与えて、4ストロークの戦闘力を高める政治的な配慮が動いている。たいしてトライアルには、そうした配慮はまったくない。当初、4ストローク化に向けて、FIMはモトクロスと同様、排気量のハンディを提言してきた。ところがトライアルでは、そんなハンディは必ずしもハンディにならない。しかも、4ストローク化の流れは、FIMの提言通りに進まない。結局2ストローク勢にはいっさいのハンディがないまま、ガチンコ勝負で進んでいくことになった。
 もし当初の提言通り、2005年からは4ストロークへの一本化がされていたら……。もし提言通り、2ストロークの排気量の上限が250ccに制限されていたら……。もしモンテッサの開発がもう3ヶ月早くスタートし、インドア世界選手権のシーズンに彼らの乗るワークスマシンが仕上がっていたら……。もしスペイン大会とフランス大会のセクションに、今少し自然の地形のセクションが多く含まれていたら……。
 今シーズンのモンテッサ陣営は、ハンディをもらうばかりか、逆に試練を与えられてシーズンを戦うことになった。その結果が、開幕戦優勝にはじまり、藤波とランプキンで14戦6勝、まだシーズンは終わっていないが、1試合を残して、ランキングも2位と3位につけている。内外の評価は「残念」の一言かもしれないが、内容的には、チャンピオンの重さに匹敵する闘いを繰り広げたと評価できる。
 今シーズンは、技術的には一歩抜きんでたラガが、タイトルに向けて最後の仕上げに磨きをかける一方、2ストロークから4ストロークへのFIMの方針の流れが、戦いの中にも微妙な渦を巻き起こした1年だった。
 アダム・ラガのアウトドア初タイトル、おめでとう。