春になったと思ったら、いきなり夏日です。トライアルGP日本大会はちょっとしか暑くなくて、よかったよかった。

スコルパSY250Fのお話

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発表会で配布されたパンフレットの表紙から

スコルパの4ストロークトライアルマシンがベールを脱いだ。それは、フランスと日本、トライアルフリークの情熱が結集されたマシンだった。

6月24日、スコルパ本社で催された4ストロークのニューモデルSY250Fの発表セレモニーでは、その新しいマシンのフォルムへの注目度もさることながら、このマシンに携わった人々の、熱き思いもまた感じることができた。

スコルパの日本代理店は、アルプスヴァンの秋山さん。日本にトライアルマシンを輸入している面々は、いずれもただならぬトライアルフリークたちだけど、秋山さんは、そのキャリアや腕前的に、トライアルフリーク度はかなり高い。

その秋山さんが、スコルパにとって大きな存在となったのは、2000年にデビューしたSY250によってだった。それまでスコルパは、パワフル満点の、しかしいささか大きなロータックスエンジンを搭載していた。それがヤマハTYZのエンジンを積むことで、一躍近代トライアルマシンに生まれ変わった。ヤマハとスコルパ、それまでつながりのなかったふたつの会社を結んだのが、秋山さんだった。

当時、TYZはすでに生産を終えていて、開発も完了していた。でもこのエンジンは、こんなに短命で終わるべきものではないという思いは、このエンジンの開発陣により強かったはずだ。日本の大手モーターサイクルメーカーが、フランスのトライアル専門メーカーをビジネスの相手とするには、大きな障害があっただろうことは想像に難くないけれども、ヤマハの内外を問わず、トライアルを愛する人々にとって、スコルパとヤマハのコラボレーションが多いに歓迎すべきところであったのはまちがいない。

フレーム
スチールベースのフレームだが一部アルミ部材も使われている

SY250の開発が進む一方、当時から秋山さんはすでに次なる夢を持っていた。「いつかはこのエンジンを積みたいと思っていた」。それが、今回SY250Fに搭載されたDOHC5チタンバルブのこのエンジンだ。SY250Fのアウトラインは、もう5年以上前から秋山さんの頭の中の存在したのだ。

その後、スコルパは、TY-S125Fという時代を動かすべき1台を創造した。ブラジル製の、どちらかというと実用車向けエンジンを積んだこのマシンは、世界選手権の最前線を戦うマシンではなかったが、最前線用マシンの半分に近いお値段は、まさしく画期的だった。世界選手権にあっては、規模も小さく野崎史高孤軍奮闘のスコルパだが、トライアル全体を見渡すと、その活動の持つ意味は大きいはずだ。

125Fの登場後、スコルパは、世界選手権の4ストローク化に向けた次期主力戦闘機の開発を始めた。この時期、顔を合わせるたびに「4ストロークはどうなってますか?」とうるさく聞いてくるハエのようなニシマキに、ヤマハの木村治男さんはいつもやさしく、ガード堅く、そして適確にお返事してくれていた。木村さんの短いコメントから妄想すると、次期主力戦闘機は125Fのスケールアップだったり、セロー(トリッカー)エンジンだったり、YZFだったり、いろんな可能性が考えられた。でも、確実に動いているという実感が、短いコメントから伝わってきたものだ。

木村さんは、ヤマハトライアルの申し子のような技術者だ。ヤマハトライアルの初期型TY250Jで全日本チャンピオンとなり、トライアルに革命的な技術変革をもたらしたTY250Rを開発し、近代トライアルに向けて日本のメーカーの模範解答ともいえるTY250Zの開発もになった。TY250Zのデビューは、自らSSDTに出場して信頼性を実証し、スコルパTY-S125Fがデビューするにあたっても、非力な125ccエンジンでSSDTを完走してみせた。ライダーとして技術者として、木村さんはヤマハの誇るミスタートライアルだ。

世界選手権日本大会などでスコルパの面々が木村さんに出会うと、マシンのセッティングについて、木村さんに教えを乞うている場面が見られる。ヨーロッパの人々、特にフランス人は、最初から人の技術を信頼する人種ではない。木村さんの、時間をかけて築いてきたスコルパとのトライアル的信頼関係が、そこに垣間見える。

ときどき木村さんのトライアル活動について、ライバルメーカーに勤める人々から様子うかがいを受けることがあるという。メーカーの枠を越えて、みんな木村さんにトライアル活動を続けてほしいのである。それが、トライアルの未来を支えていくのだと、みんな疑っていない。木村さんは「みんなの情熱に勇気づけられています」と言う。でも、みんなを勇気づけているのは、木村さんの情熱なのですけれども。

DOHC5バルブエンジン
ヤマハの誇る傑作エンジンDOHC5バルブ

スコルパが、ヤマハのDOHCエンジンを使ってニューマシンをコンセプトを作っていた頃、モンテッサHRCが、フューエルインジェクションを搭載したRTL250Fを発表した。CRF250をベースにしながら、シリンダヘッドをシンプルなOHCとし、結局クランクケースまでトライアル用に設計しなおした。

非の打ちどころのない素晴らしいマシン。これに続くマシンを新たに作るのは、よほどの困難が予想されると、外野は思った。木村さん自身「最初にあんなに力の入ったものが出ちゃうと、あとから出すほうはやりにくいよね」と冗談めかして語っていたから、たいへんなのは確かだったのだろう。でもそのコメントには、あんまり動揺がなく、スコルパにはスコルパの自信があるみたいだった。

デビューしたSY250Fは、ベースとしたエンジンこそCRFのライバルYZ-Fで、エンジン選択の点では同じだったが、こちらはDOHCのシリンダヘッドをそのまま搭載した。「でかい、重そう」という感想が聞こえてきそうだし、そういう印象は強い。しかしYZ-Fのエンジン、実は従来型TYZよりも軽量である。でかいについてはその通りだが、重いという感想は、あくまで感想にすぎない。一度エンジン単体を持ち上げてる機会があれば、びっくり仰天とともに納得するはずだ(残念ながら、まだそういうチャンスはないけど)。SY250FのエンジンはWRをベースとしているので、発電機などがないYZのそれより少し重たいが、それでも全体重量はTYZと大差ない。4ストロークだから重たいというのは、もはや過去の妄想にすぎない。

【追記】当初、SY250FのエンジンがTYZのエンジンより軽量というニュアンスで表記しましたが、SY250Fの直接のベースとなったのは発電関係のパーツが付加されクランクマスなどもYZより大きいWRで、TYZエンジンより軽量ではありません。基本設計の同じYZエンジンが、TYZと実測比較しても軽量ということで、一部、正確性を欠いたことをおわびします(7月21日)。

このエンジン、ヤマハの技術の粋を集めた画期的エンジンである。少し大きく見えるDOHCのヘッドも、この技術の粋の一端だ。もちろん、トライアル用に、カムシャフトのプロフィールなどは若干の変更を受けているし、フライホイールマスは大きくなっている。しかしこのエンジンには、新たにフライホイールを設けるスペースはない。そこでセルモーター用のギヤのかわりに、フライホイールを設けた。だから、モトクロスマシンとはまったく同じエンジン外観からを持つ。でも、トランスミッションもトライアル用に組み直されている。しかしDOHCはDOHCのまま、トライアルに適したパワーユニットができあがった。このエンジンは、DOHCヘッドを持って、真価を発揮する。

「トライアルにDOHCは不要という考えは、まちがい」
と、秋山さんは言う。現在のトライアルは、大きなフライホイールがどるるんどるるんと回っていく時代とは異なる。瞬発力とともに、高回転の伸びのよさも必要になる。DOHCヘッドならではの高回転性能も、これからのトライアルには、もしかしたら必須のものなのかもしれない。

アルミとスチールを組み合わせたフレームは、従来のものより軽量に仕上がっているという。エンジンがTYZと同等としたら、SY250FはSY250Rより軽量か、少なくとも同程度の重量におさまることになる。さて、実際にはどんな重量となってくるだろうか?

発表されたSY250F
発表されたSY250F

エアクリーナーにぴったりフィットしたサイレンサー(軽くデモ走行をした限りでは、そのエキゾーストノートはいたって静かで、125Fと同等程度のように思えた)など、スコルパらしいデザイン処理も魅力だが、このマシンに息づくもの、それはなによりも、トライアルにかける情熱の集合体だった。

スコルパSY250F。その情熱に、早く触れてみたいものではないか。