春になったと思ったら、いきなり夏日です。トライアルGP日本大会はちょっとしか暑くなくて、よかったよかった。

フジガスマシンに乗る

フジガスマシンに乗る藤波貴久

 藤波貴久が2010年シーズンに使ったそのもののマシンに乗せてもらった。完全に役得で、世のみなさんには申し訳ない限りだけど、一方、いくらお金を出しても手に入らない至上の幸せをほんの瞬間に味わうのは、その後のトライアル人生において幸せなんだろうかと考えてもみたり。
 なにはともあれ、ワークスマシンというのは、それはそれは素敵なマシンなのだった。


 藤波ワークスマシンに乗せてもらうのは、これが3回目。最初は、4ストロークのデビュー年である2005年が終わったシーズンオフだった。次が2007年の暮。マシンは毎年進化しているけど、大きく進化したのが2006年と2009年であるというから、乗せてもらったのは、いずれもワークスマシンとして熟成なった頃合いのものだったということになる。
 2007年といえば、試乗会に出席してくれた小川友幸選手が初めて全日本チャンピオンになった年で、藤波といっしょに写った写真には、ゼッケン1のRTLが誇らしげ。あれから3年、今回の試乗会も、全日本チャンピオンとしての小川友幸選手が来てくれた。おめでとう。

フジガスマシンに群がる人々

フジガスマシンに群がる雑誌カメラマンのみなさん

 今回の試乗会には、自然山通信とかストレートオンとか、トライアル専門誌はもちろんだけど、もっと多くの雑誌が取材にきている。ほうっておいてトライアルが注目を集めるチャンスはなかなかないから、その意味でも、こういう試乗会は大いに意義があると思われる。シーズンオフに藤波号の試乗会をやって、半年くらいしたらトニー・ボウ号の試乗会をやって、なんてやってくれたら、トライアルがしょっちゅう誌面をにぎやかしていいなと思うのだけど、いや、そんなことが現実問題としてできないというのは、重々承知で行ってみました。ホンダさん、ごめんなさい。
 今回のワークスマシンは、藤波がこの1年、走り続けていたマシン。モトGPなどではスペアマシンの存在もよく知られているけど、藤波は結局この1台しか使わなかったということだ。トライアルライダーの感覚は実に繊細で神経質。まったく同じ仕様でも、別の個体だと別のマシンとしてとらえるらしく、1年を通じて自分のマシンとして戦うには、マシンは同じものである必要があるらしい。
 ということで、セッティングは藤波仕様そのまま。ハンドル幅は785ミリ、アクセルの遊びが妙に大きくて、ちょっと違和感あり。もちろん、これじゃ乗れないぞとお願いすればふつうのHRCのメカさんがセッティングしてくれるのだけど、今回はありがたくフジガス仕様のまま乗せていただくことにした。

Fujigasマシン

写真、クリックすると別画面が開いて、さらにでっかくできます。

 このマシン、ワークスマシンだから、市販車とはだいぶちがう。どこがちがうかというより、同じところはほとんどない、ゼロから作られた特別製マシンだ。前後のホイールリムは、ワークスで培われた技術が市販車にフィードバックされたので、これはいっしょ。ただしワークスのハブは見た目に太い、さらに軽量で強度アップした専用品が使われている。
 フューエルインジェクションのRTLの儀式は独特。もう市販されて5年になるから、その方法も知れ渡ったと思うけれども、その一は、アクセルを回してはかからない、その二、キックはゆっくり踏み下ろす、その三、かからなかったら、全開で空キックを数回。
 この儀式は、ワークスマシンでも変わらない。加えて、ワークスマシンには、追加の機能もある。エンジンをかけた瞬間、エンジン回転がちょっとだけ上がる。おっ、アクセルワイヤー引っかかっちゃったかな、と心配になるけど、自分のならともなく、これはワークスマシンだ。整備不良なんてまずありえないのだった。
 このメカニズムは、エンジンの始動性を向上させるためのもの。ギヤを入れたままでの始動性の向上は市販車でも反映されているが、ワークスの技術革新はまだまだ続くのだった。
 ちなみに、エンジンを切るときにはキルスイッチを使ったほうがいい。キルスイッチは、インジェクションのマッピングの切り替えスイッチの長押し。知らない人にはエンジンが止められない仕様だ。
 マッピングの切り替えは、市販車では二面の切り替えになっているが、ワークスでは三面。機構上はいくらでも増やせるらしいのだが、十や二十もマッピングが選べても、迷ってしまうだけなので、三面のセッティングになっているという。
 ボタンはトグルスイッチになっていて、青が雨天用、緑が晴れ用、両方がついているときはさらに瞬発力が必要なステア用、そして長押しをするとエンジンが止まる。
 エンジンが止まるときにも、一瞬回転があがる。エンジン停止するときに空ぶかしする人がいるけど、あんなようなもんだ。ただし、もっとずっとお上品である。
 各モードのちがいは、そういわれるとちがう気もするけど、正直にいうと、よくわからない。平らなところで全開にすればわかるだろうと言われるのだけど、晴れ用だとリヤタイヤを滑らせてしまって結果的にスピードが出ず、雨用はしっかりグリップするんで加速が強烈という、本来とはさかさまな印象を感じ取ってしまったりする。
 青、緑、両方点灯の瞬発モードは、その瞬発力を生かす走りができる人にしか、その効力がわからないわけで、宝の持ち腐れ、猫に小判、豚に真珠。
 パワー特性については、一般ライダーからトップライダーまで、あぁだっらいいな、こうだったらいいなという断片的なイメージはあるだろうけど、マッピングにまとめるのは簡単じゃない。藤波マシンも、来年モデルはまた未知の特性にチャレンジする構想もあるみたいで、簡単に完成形にはたどりつかないようだ。

Fujigasマシン

写真、クリックすると別画面が開いて、さらにでっかくできます。

 平民にはわからない究極の性能面はともかく、誰でもわかるのは、その動きのよさだ。整備不良のマシンはあらゆる部分が満足に動かないが、ワークスマシンはあらゆる部分が、きれいに動作する。ブレーキはよく効くし(藤波号は特に、ほかのライダーが乗れないくらいブレーキがよく効く)アクセルはスムーズに動く。ワークスチームにすれば当たり前のことだけど、一般ライダーのマシンで、こんなふうに各機構がきちんと動作するものにはめったに(というかまず皆無)お目にかかれない。ていねいに組み上げられているのはもちろんだけど、それだけではこの乗り味はだせるもんじゃないというから、やっぱり高いパーツを使う効能は歴然みたいだ。
 ただ、こういう動きのよさは、ヤマハのワークスマシンにも感じることができたし、20年前の山本昌也号や伊藤敦志号でも同様だった。ぼくはこれは、ライダーに対するメカニックの愛情にちがいないと思っている。安いパーツで組まれたマシンはワークスの乗り味にはなりようがないけど、乗り手に気持ちよく乗ってもらいたいという気持ちが、きっとカタチになってるんじゃないかと思う。
 もっとも、組み手の愛については、ワークスマシンのプロジェクトリーダーの荻谷さんに「いやー、そんなのより、やっぱり設計やパーツの優秀性の差でしょう」と否定されてしまったことを付け加えておきます。
 ちなみに、藤波号についてるフットペグはチタン製。最近はチタン製フットペグも手に入りやすくなったけど、藤波号は削り出し。なんでも、これだけでふつうのトライアルバイクがまるまる1台買えるくらいのお値段がするらしい。びっくりですねー。
 ただし、高いだけあって壊れにくくもあり、安いの(といってもワークスのパーツだからそれなりに高いはず)をたくさんつぶすのと、お金のかかりようもそんなに変わらない、という話も、ある。
 それにしてもこのマシン、軽い。発表された車重は70kg以下となっているけど、以下といっても、69kgや68kgの重量感ではないのは明らか。高い軽量パーツもいっぱい使っているのだろうが、もともとの作り方からしてちがうから、この軽さをマネするのはかなわぬ夢、なんだろう。
 それでも、ステアリングの三つ又などは、マグネシウムをやめてアルミニウムにすることで強度と軽量化を両立させたという。なんでもマグネシウムやチタニウムを使えばいいってもんではなくて、適材適所。衝撃のかかる部分には、アルミニウムのほうが、最後には軽く作れるってことだった。
 今回、ワークスマシンとしては初めて、排気量が発表された。今までは非公開となっていたその排気量は、298cc。実はこれまでも、海外では公開されていた数字だから、特に驚くスペックではないが、公明正大に数字を公表できて、気が楽になった。と同時に、いまどきの世界選手権は、2ストロークでも4ストロークでも、300ccがスタンダードになっているのだということを痛感する。
 スタンダードの260cc(モンテッサ・コタは250cc)に対して、低速域では特にパワーがモリモリ出ているという印象はない。250と260の差も、絶対パワーより扱いやすさに比重がおかれていた。基本的には、この298ccも、コントロールしやすい特性を実現するための排気量になっている。もちろん、パワーが出ていないわけではない。そうとうパワフルだ。インドアの高い高い段差を駆け上がるときなどは、高速域の伸びも大いに必要なので、その領域でのパワーはまた激しいのだが、その激しさを実感するには、こちらの勇気とライディングテクニックが足りなかった。すいません。
 藤波や開発陣にしてみれば、思いきりハイパワーの仕様でどかんと乗って、そのへんの2ストロークなど足下にも及ばぬパワーと瞬発力を兼ね備えているのを確認してほしいのだろうけど、そういう領域を味わうのは無理。ところが、そんな領域に踏み込まなくても、ワークスマシンはやっぱりワークスマシンだ。そりゃもう、ふっとペグの上に立って、前後のサスペンションがすっと沈む瞬間に幸せな気分になってしまうのだけど、もうちょっと具体的にいえば、グリップがいい。ちょっと失敗して、ここからでは再スタートむずかしいから、バックしてやりなおすかな、なんてところでも、そのままするするとスタートして登っていってしまう。タイヤはふつうのミシュランXライトで変わらない(藤波の空気圧はフロントが42KPa、リヤが30から32KPaということだ)。タイヤのグリップではなく、エンジンやサスペンションの力量という感触のグリップ力。これは感嘆ものだ。
 ビギニングから底付きまでスムーズな動きのサス、一回転一回転、するすると確実に動いて、そのたびにしっかり仕事をするエンジン、優秀なメカニズムの動きをさまたげない軽量な仕上がり。ワークスマシンというのは、トップエンドの性能ももちろんすさまじいのだけれど、小さな精度や性能が結集して成り立っているのだなと、あらためて思い知るのでありました。
 ホンダ(モンテッサ)のワークスマシンは、2005年に初登場、その後、2006年と2009年に大変更を受けている。2006年は、藤波がもう一歩でチャンピオンになれそうだったシーズン(序盤のケガと中盤の体調不良が痛かった)、2009年は、逆にマシンの進化に藤波が慣れるのに時間がかかった。しかしその進化が、2010年シーズンの2勝につながっている。
 ワークスマシンで培われた、耐久性の向上やクラッチ性能のアップ、中高速の出力アップは、市販車にもフィードバックされている。意外にも、市販車の実績から、ワークスマシンにフィードバックされた技術もあるという。技術の革新は、こんなふうにして、進んでいくのだろう。

Montesa COTA 4RT(2010)
マシンスペック表
全長 2010mm
全幅 830mm
全高 1135mm
軸距 1315mm
最低地上高 over 335mm
車両重量 under 70kg
エンジン種類 水冷4ストロークOHC 4バルブ単気筒
総排気量 298cm2
最高出力 over 17kW
タイヤ ホイール径(前)21インチ
ホイール径(後)18インチ
タイヤメーカー ミシュラン
サスペンション 形式(前)テレスコピック式
形式(後)プロリンク
燃料タンク容量 非公開

当日の、藤波選手と小川友幸選手のライディングによるデモンストレーション
スペシャル・エアターン(http://www.youtube.com/watch?v=MRnE_lcYvnE)
トップライダーの、基本テク(http://www.youtube.com/watch?v=k_UWrdM3OSc)
軽い(笑)デモンストレーション(http://www.youtube.com/watch?v=knVjgd2i9EI)
藤波貴久ショートインタビュー(http://www.youtube.com/watch?v=ZFJt_mGhBgI)