2010年08月28日
新盆
去年ほどではなかったけど、きぜわしい8月が終わろうとしている。8月が忙しいのは、お盆があるからだ。盆と正月がいっぺんにきたような、というのは、冬休みと夏休みがいっぺんにきたようなもんだといううきうきのたとえだと思っていたんだけど、大人の世界では、盆と正月は忙しくて、それがいっぺんにきちゃったらえらい騒ぎだよね、というわけでしたね。
ところでご当地では、今年初めてお盆を迎える仏様がいらっしゃるおうちでは、こんな高灯篭を用意する。初めて里帰りしてくる仏様が、迷わずに自分の家に帰ってこれるようにという案内表示だ。
川内村でも、上川内(住所的には、ご当地高田島界隈は上川内にはいるのだけど、風習的には上川内とは別文化圏といえる。地域文化はむずかしいです)のほうでは、家の前で迎え火送り火を焚く。迎え火送り火は毎年のことだけど、この1年に亡くなった人がいる場合は、お盆もただのお盆ではなく、新盆となって、ちょっと特別な夏になる。
去年までいたひとがそこにいない。いなくなったひとを偲んで、みんなが集まる。家族も、親戚も、ご近所も、みんな集まる。
もちろん、いなくなったご本人も、仏様となって帰ってくる。80歳になってお亡くなりになった人も、90歳で亡くなった方も、仏様としては初心者だから、高灯籠の目印は絶対必要なんだろう。
でもね、このところ、ご高齢の方が次々に亡くなっていく。順番だから、亡くなるのはまぁしかたない。みなさん、だいたいそれぞれ、天寿を全うしているといえる。でも高齢者人口が多いから、1年に何人もの高齢者が亡くなっていく。
だもんで、高灯籠はそっちの家にもこっちの家にも立っている。えーと、目印の高灯籠があっちにもこっちにもあって、仏様はちゃんと自分の家に帰ってこれるんだろうか。村人初心者は心配になってしまう。亡くなった方は人間としては80年も90年もこの地にお住まいになっていたベテランだったけど、仏様としてはまだまだ初心者なのだからゆえ。
冥土から自分の家に帰るなんて、やったことないはずだから、自分の家の位置も、もしかしたらまちがえちゃうかもしれない。つい、隣の高灯籠の目印に、帰っちゃうかもしれない。
「おやー、お隣の○○さん、よく帰ったねー」
「おや? ここはおれんちじゃないね。おれが死んだんで、家の模様替えしたのかと思ったけど、まちがえたのか」
「ま、いいから。今日はうちも新盆だから、休んでけ」
休んでけ、という呼びかけは、ここに住み始めたときは、とっても新鮮だった。そんならちょっと腰を降ろそうという気にさせられてしまう。腰を降ろすと、休んでけ、は実は、飲んでけ、だったりする。「高田島の休んでけ、はたいへんです」と、高校を卒業したばっかりの女の子に教えてもらったことがある。娘ごころに、たいへんだったらしい。
○○さんも、そういわれると、つい休んじゃうんじゃないだろうか。休めば、酒が出てくるにちがいない。あー、○○さん、新盆だというのに、おうちに帰る頃にはすっかりできあがっている。
「あー、おっかあか? □□さんちに寄らせてもらってるんだが、ちょっとばっかり酒ごちそうになったんで、迎えにきてもらえっかな」
生前は、きっとよくそんな電話をかけていたにちがいないお願い電話を、またかけなければいけなくなっちゃったりするわけだ。あれ? 仏様は、酔っ払い運転しても大丈夫かな? クルマに乗って移動するわけじゃないから、関係ないか。
いやはや、ともあれ、心配のお盆の季節は終わろうとしている。
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19:03
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2010年08月27日
川下り、とうさぎたち
川下りに誘われて、大急ぎで下ってきました。2時間コース。
かわうちトライアルをやる会場と同じく、川の流れも勾配はゆるやか。でもところどころにちょっとした段差(落差)があって、川下り初心者が遊ぶにはちょうどいい楽しさ。
このところ、雨が降ってないから、水の流れが少なかった。もうちょっと水が多いほうが気持ちよく下れそうだ。流れが早くておっかないかもしれないけど。
川下りは梅雨明けの7月ごろか、お盆までくらいの方がいいかもね、という感じになった。来年の夏は、みんなで下ろう。
ところで、川下りとはなんの関係もないけど、こちらはうちのバカうさぎ。日曜日のお勉強会のときにいっしょに連れ出して置いておいたら、お客さんの訪問を受けていた。バカうさぎはかつて追いかけられたことがあるから、ネコはちょっとこわい。お客様のほうは、まだ子どもだから、うさぎを見たのは初めてだと思われる。興味津々。
ずっとにらみあったまま、といって敵対している感じではなくて、ただ見合っているだけの時間がひたすら流れていた。どっちも、憶病者らしい。
最後には、どうしてもなにかしてみたい子猫が、ケージの金網の間から手を伸ばして、バカうさぎの鼻をぺたんとさわられた。バカうさぎ、身動きできず。勝負はネコの勝ちらしい。
写真は「おまえら、なにやってんだ?」と声をかけたら、二匹ともカメラ目線になったところ。へんなやつらだ。
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19:59
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2010年08月26日
もんもちの夏
8月21日から23日まで、東京あたりの若者たちのミュージカルが、公演に向けた最後の仕上げにやってきた。その数、ざっと60名。大騒ぎだった。若いって、すごい。
彼らの公演は、9月1日と2日に、江戸川区総合文化センター小ホールでおこなわれる。開演時間は両日ともに14:00からと19:00からの2回。
今回、彼らは、ひとの駅かわうち(6年前に廃校になった小学校)の体育館で、全編を通じての通し稽古をやりにきた。で、日曜日の午後には、村のひとを招いて通し稽古を見てもらった。照明と大道具はないけど、衣裳もライブミュージシャンもついて、ちょっとしたショータイムになったのだった。
ぼくはオートバイ遊びをしていたのでほとんど見られず。だもんで、江戸川まで本番を見にいくことにしました。
彼らの劇団は、もんもちプロジェクトSSっていう。名前の由来はわからない。今度、聞いておこう。演目は『むだに過ごしたときの島』。イタリアの童話作家の手になる物語。いいお話しだけど、物語についてはミュージカルを見てのお楽しみだ。
彼らはまず、クルマ2台6人で我が集落に現れた。後発隊はバスをチャーターして50名様ちょっとで1日後に現れる。先発隊は、準備部隊だ。本番の江戸川区の市民ホールと同じスペースに印を打ったり、積もり積もった(彼らを迎え入れるにあたって、それなりに掃除はしたんだけどね)ホコリを処分したり、区長さんをお迎えして大盛り上がりの酒宴をしたり、6名様は大忙しだった。
その晩、夜中にドラムやキーボードを満載した2名様が到着、さらに翌朝、ギャル4名様が到着。今回のざっと60名のうち、40名近くが女の子だ。この劇団の勢力図はわかんないけど、最近はどこへいっても女性陣の方がパワフルだ。プロデューサーも女の子だし。
さてさて、最初の1台が到着してから24時間後、観光バスをチャーターしての本隊がやってきた。ギターケースをかかえて降りてくるやつがいれば、ホッケーのスティック持ってるのもいるしジョウゴ持ってるのもいる。もちろん小道具だろうけど、不思議なご一行ではある。さっそく体育館にはいって練習開始の強行スケジュールだけど、60人近くもいると、靴を脱いで入るだけでも5分やそこらでは終わらない。人数が多いってのは、すごいことだ。
それにしても、いいものを作っていこうという気持ちが集結してるのは、横で見ていても気持ちがいい。「そんなことじゃだめだ」「なっとらん」「気持ちが入ってないんじゃないか」なんていうダメ出しはここにはいっさいなくて、いや、だめなものはだめなんだけど、だめな状況からどうすればいいものに仕上げられるかを、みんなが一生懸命話しあっている。いやぁ、青春だなぁ。大人のミーティングは(ぼくの周囲だけだったら申し訳ない)、アイデアのダメ出しと、実現性の困難さを出し合って悲観して、先送りというのが多い。ぼく自身からしてそんなだから、どうしようもないのであった。
今回の仲間は、大学生と、最近大学を卒業した面々。就職環境が厳しい今日この頃、ちょうど卒業のタイミングのみなさんはたいへんなんだけど、これだけ熱く作品を作りあげられる連中だったら、就職にへくったって、力強く生きていけるにちがいないと、おじさんは頼もしく思ってしまいました。
それでも、夕日に向かって力強く走っていって足を取られてひっくりかえって、ねんざしてしまいました、という若者もいた。熱く未完成というのも、若者の魅力ではある。
そんなこんなで日曜日、通し稽古には村のひと、およそ30人ほどがきてくれた。人口3,000人の村だから、人口の1%(村の広報誌や防災無線では告知をしたけど、村外には告知できなかった)が来てくれた。ライブ入場者の世界最多記録はGLAYの20万人らしい。計算がよくわかんないけど、それに匹敵するくらいの大観衆ってわけだ(東京と横浜だけで3000万人くらいいるらしいから、%で言えば、それより多い)。
いつもの年だと、お盆をすぎると急に冷えてきて、極端なひとだと薪ストーブを焚き始めたりするのだけど、今年はいつまでも暑い。暑いといってもせいぜい30度くらいで、体温を越えるような気が狂った暑さにはならないのだけど、即席ステージをつくった体育館は(窓を開け放っていても)けっこう暑かった。こればっかりはどうしようもないけど、暑い東京で稽古してるより涼しいところでやったほうが効率がいいでしょうと言っちゃったのはワタシです。ごめんなさい。
感激した村人も「暑い」「なんだかよくわからん」「感動した」「涙が出てきた」など、いろんな感想をお持ちだった。見に来てくれた村のひとも、劇団のみんなも、ありがとう。
終わった後、体育館をのぞいたら、みんなで大反省会をやっていた。うまくいったと喜んでいては、進歩がないってことでしょうね。さらにその後、みんなで夕食した後、校庭で花火に興じる声がする。さっきまでの真剣な表情はどこへやら、花火に大喜びする姿は、まんまいまどきの若者だった。
ところで、この物語は、主人公たちが見たこともない火山がそびえ立つ島に迷いこむお話。その島は、もとの世界の人々が無くしたいろんなものが集まっている別世界の島だったんだそうだ。
ご当地は川内村の北西のはずれにある集落で、古い集落名で、高田島という。あれも島、これも島。怒濤の2泊3日を終えてお帰りになった劇団員の面々は、高田島のことを、ほんとうの「むだに過ごしたときの島」だったと思ってくれているようだ。うひひ。
以下、公演のお知らせ
生演奏オリジナルミュージカル
『むだに過ごしたときの島』
脚本・演出:中原和樹
原作:Silvana Gandolfiシルヴァーナ・ガンドルフィ(タトル・モリ エイジェンシー)
【日時】
2010/9/1(水) 14:00/19:00
9/2(木) 14:00/19:00
*受付開始:1時間前
*開場:30分前
【会場】
江戸川区総合文化センター 小ホール
*JR新小岩駅南口より徒歩15分
【料金】
2,000円(前売り・当日共)
presented by Monmochi Project SS
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22:43
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2010年08月25日
8月のお勉強会
今年、6回目(7月は土曜日曜とダブルヘッダだったから)のお勉強会になりました。今回は、16歳から53歳まで、いつものように多彩な顔ぶれです。
現地までの乗り物も、トライアンフで二人乗り、セロー、BMWにイタリア仕様のCB、トランポ、そしてお母さんに送ってもらった、など、これまた多彩でした。
トランポってのは、このお勉強会の参加者らしくない登場のしかたですが、ケガの病み上がりでリハビリかたがたご参加のSさんがその人でした。
トライアンフ二人乗りのSさんご夫婦は、オートバイ好きのご主人と、オートバイはあぶないからとご主人をオートバイからおろした過去をお持ちの奥さま。ある日、ご主人と弟さんが楽しそうにオートバイ談義に花を咲かせているのを見て、それがとても楽しそうで乗ってみたくなったそうな。
BMWで埼玉からお越しのIさんは、免許とってまだ2年だそうだ。53歳でも大丈夫でしょうかお問い合わせがあったけど、ぼくと同年代だし、ぼくなんか四十雀トライアルに行けばてんで若造扱いだから、大丈夫なんてもんじゃないですね。ご安心ください。
Kさんは、オートバイの先生。でもオフロードはまったく経験ないそうだ。最近じゃ、ロードレースのライダーもトライアルしたりいろいろ遊んでるけど、昔ながらのライダーって、目の前に石ころひとつ出てきただけで、借りてきた子猫になっちゃうひと、いたもんだ。Kさんも、初めてのオフロードにはご苦労なさっていた。
セローのIさんは、隣町のバイクショップ、ネモさんのお客さんだった。ネモさんは、仙台のクルーズレーシングでロードレースをーやってらした。クルーズといえば、小野貴史選手とかの所属チームだけど、伊藤真一選手の出身チームとして、ロードレースでは由緒正しい。クルーズの社長の佐藤さんには、チームのメールニュースでこのお勉強会の宣伝もしてもらっちゃって、なとも恐縮です、なのだった。
今回は、前夜にSさん夫婦と焼肉などつまみ、おりから合宿にやってきていた若者たちの鋭気を盗み、そして翌日のトライアルお遊びに突入したのでありました。
お盆をすぎて、このあたりはもう寒いくらいになってるはずだったけど、今年の夏は、当地とて異常気象。風はさわやかだったけど、暑かったなぁ。
さて、毎月やってるお勉強会ですが、来月はかわうちトライアルがあるんで、お勉強会はお休みです。
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07:46
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2010年08月15日
デ・ナシオン
いろいろ、本当に、いろいろあったけど、1年ぶりにトライアル・デ・ナシオンに、日本チームが参加することになった。
これまで、日本は世界を代表するチームとして、確実にトップ3の枠の中で戦ってきた。雑誌屋的には、世界のトップを狙える実力を持っているのが日本だと言ってきた。ライバルはスペインと、イギリス。過去、日本は何度か2位となったことがある。それぞれ、イギリスに勝ったことも、スペインに勝ったこともある。つまり日本は、いまだ勝てないでいるライバル国はひとつもない。充分に勝つチャンスはある。
日本は、世界に名だたるトライアル王国なのだから。
それでも、ぼくは日本が勝つのは、そうとうにむずかしいだろうと思っている。それは、ライダーの能力じゃないところにある。いってみれば国力、みたいな話で、資金面から始まってモチベーションの高さとか、ライダー個々の持てる実力と共通するところがある。
資金面については、いまさら言うまでもない。諸外国には、日本はGNPが高いお金持ちの国と見られている。けっしてそんなことはないのは、日本人ならよくご存知だ。加えて、TDNが開催される国々は、日本から遠い。出かけていくだけで、安くない旅費がかかる。百歩譲って、選手が大金持ちならいいかもしれないけど、現実は(たぶん)あんまりそうじゃない。さらに、毎年同じライダーが選出されることで、特定の何人かに金銭的負担がのしかかるようになった。
バックアップ体制もなさけない。2002年を最後に、MFJが代表チームの派遣を中止したとき、関係者やファンは、TDN参加は続けるべしという結論を導いた。でも言うはカンタン、責任もってTDN派遣を後押しするひとは、ほんの何人かしかいないと思われる。そんなのはMFJや選手会にまかせておけばいいと思うひとは大半だし、どっちにしても他人事のひとはやまほどいる。それぞれの立場を考えればもっともな話だけど、決起集会で盛り上がっても、そのあとが続かないではどうにもならない。
まず、一番の問題はお金なんだが、仮に選手の遠征費が耳を揃えて捻出できたとする。現状は全遠征費の1/3も支援ができない状況なので、全額支援というのは夢物語なのだが、仮にそれができたとする。それでも日本としてどうかなぁと思うのは、現地での日本勢のパワーだ。
ここでいう日本勢ってのは、選手のことじゃない。まず、会場の日本人が圧倒的に少ない。日本ほどではないが、同じ島国として、イギリスはたいていのヨーロッパから近くない。それでもイギリス人は、我が王国のためならと、TDNにはこぞって応援にかけつける。TDNでは、男の子だけじゃなくて女の子の大会もあるから、男の子の大会の日には、女の子チームのメンバーもいっぱいいる。そういう面々が、みんな我が国の勝利に向かってひとつになる。それがデ・ナシオンだ。
一方日本は、まずひとつにまとまる以前の人数しかいない。選手が4人、ときどき3人のときもある。それにトライアル委員長の西さんと、選手会長の小谷さんが加わることもある。ライダーには、マインダーがひとりずつ。女子チームが3人加われば、一堂に会せば相当な数になる。でも、ちょっとしたレストランで会食ができてしまうくらいの人数だ。それで、日本人は全員だ。他に、はるばる日本から応援にきてくれる人がいないわけではないけど、ここ10年ばかりは、あの人とこの人とこの人とと、名前を挙げて数えられるくらい。とても応援団などといえない少数精鋭だ。
数もともかく、その少ない人数が日本の勝利に向けてひとつになれるかというと、これがまたむずかしい。日本人は、だいたいおとなしい人が多いから、選手の耳に届く、あるいはよその国がびびるくらいの(サッカーのサポーターみたいな)応援はなかなかしてくれない。しかも、出場している選手たちは日本のトップライダーばかりだから、よけいなことをして足を引っ張ってはいけないと考える。ルールの問題もあるし、それはそのとおりだ。
ところがよその国ときたら、みんなが気持ちをひとつに戦う。金曜日に個人の世界選手権をこなし、土曜日にデ・ナシオンを戦った女子選手は、日曜日には男子チームに付かず離れずついて走り(自分の試合を終えたらコースを走ってはいけませんなんて、ヨーロッパでは怒られない。ほんとうはいけないのかもしれないけど、それがふつうになっている。ヨーロッパは、よくも悪くもそういうところだ)ライダーに水をあげたりしている。
水なんぞ、マインダーが持っておるではないか。よけいなことをしやがると思う人もいるだろうけど、ヨーロッパの人たちにとっては、これが気持ちだ。でも残念ながら、歴代の日本女性陣が、男子チームのサポートに回ったことはなかった。コースがわかんないとか、オートバイ盗まれるとたいへんだからとか(そしてそういう心配はとても大きい)、よけいなことをしてはいけないとか、規則上そんなことをしてもいいのかとか、いろんな心配はあるんだけど、少なくとも、他の国がみんなやっていることが、日本はできていない。
これは、誰がいけないの、という問題ではなくて、なんというか、国民性の問題なんだと思う。イギリスなんて、場慣れしているというか戦い慣れしているというか、たとえば「どこそこと同点だぞ」なんて追いつめられると、男も女も、がぜん強くなる。まわりでユニオンジャックを振り回す応援団も、がぜん頼もしい。
国としてのニッポンよ、なんとかしようではないか。そういう意味では、ライダーのポテンシャルが(とはっきり言うのも申し訳ないけれど)日本のトップを4人集めたわけではない今回の日本代表チームは、新しい日本チームの行く末を占うという点で、よい指標となるにちがいない。
ところでついでだから、デ・ナシオン募金についての愚痴を書かせてもらおう。MFJが(遠征費を含めて)主体の体制がなくなって、2003年以降はみなさんのご厚意と参加費の自費出費によって、日本チームのトライアル・デ・ナシオンの参加はなりたっている。女子も含めると選手だけで7人。マシンなしで旅行するだけでも、ひとり50万円くらいかかる(もっとうんと切り詰めることもあるいは可能だけど、もっとかかってしまうこともある)。マインダーの渡航費、マシンの調達費、マシンを運ぶためのでっかいレンタカー代などを含めると、ひとりあたり150万から200万円くらいの費用になる。7人だと、えーっ、1400万円! ぎりぎりで100万円としても、700万円だ。
これだけの金額を毎年集めようと思うと、そうとう本気の募金活動をしなければいけない。最初の年は、それでもけっこうがんばったのだ。でも、募金活動をがんばると、募金に熱心な人が行くところに出くわした人ばかり募金をしていくことになる。知らんぷりをしている人は、いつまでたっても知らんぷりだ。そのうち、募金箱を持って歩いていると、そーっと陰に隠れるひとが出たりする。別に無視してくれてもいいんだけど、募金をする気はあるけど、毎回毎回お金を出してもいられないという人だっていると思う。そういう気持ちを考えると、募金をするのも楽じゃない。
募金の詳細は、すべて明らかになっているわけではないからわかんないけど、関係者って、どれくらい募金してくれているのかな? 自然山通信の募金リストには、本当にごくときどきだけど、ライダーやライダーのお父さんの名前でお金が送られてくることがある。ありがたいです。でも、知らんぷりの関係者も、とっても多いんですね。
デ・ナシオンについて、意見をお持ちの方も多い。今回も、そんなのにお金を使うなら、国内の普及活動にお金を使ったらどうだというごもっともな意見はあったらしい。ごもっともだけど、それは2003年に募金を募ってまでデ・ナシオンに参加するべきかどうか、一応みんなで悩んで決めたのだ。今さら言われてもなぁというご意見なのだ。
そしてやっかみ半分で言えば、関係者にしても無名の方々にしても、こういう活動に批判的な意見をおっしゃる方々は、当然かもしれないけど、たいてい募金をしてくれていない。金を出さずに、口だけだそうという人がいっぱいいらっしゃる。ご意見を聞くなら、ありがたくお気持ちをいただけた方から、先にお聞きしたいもんである。
すいません。愚痴のほうが長くなりそうだから、これくらいで。今年のデ・ナシオンは9月12日、全日本選手権中国大会の1週間後におこなわれる。そしてその中国大会の当日は、世界選手権最終戦。最終戦はチェコで、デ・ナシオンはポーランド。チェコとポーランドはお隣だから、よそのチームのみんなは、チェコに参加して、そのままポーランドへ移動して、みんなで練習などしてすごす。FIMもそのつもりで、女子世界選手権の第2戦はチェコで開催され、第3戦はポーランドの金曜日に開催される。女の子たちは、1週間ちょっとヨーロッパに滞在すると、世界選手権に2戦とデ・ナシオンに参戦できることになる。とてもお得だ。お得だけど、日本の女子選手で、この得点を使ったことのある選手は、一人もいない。これも、休みがとれないとか、そんなに滞在してる金はないとか、日本の代表として行かせてもらうのに(というほどお金の援助はないんだけど)自分のための試合に出ちゃいかんでしょうとか、日本的なつっこみはいっぱいあるのだけど、ヨーロッパの人たちは、みーんな、日本人って、何がしたいんだかさっぱりわかんないと思っているのだ。ヨーロッパのひとはなにがしたいのかって? そりゃ、トライアルがしたいのだ。
最初の写真は、うちの村の山の中にできたひまわり園。鉄塔の下であんまりロケーションはよくないんだけど、こうしてみると、ヨーロッパのお花畑みたいだ。
と、安物の薪ストーブの前で一升瓶を枕にうたた寝をするぐうたらうさぎ。
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20:55
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2010年07月30日
水辺のバムバム
ちょっとした池がある。昔は、もっと水の量が多くて、子どもたちが泳いだりもしたもんだという。
ここを、なんとかしようと立ち上がったおじさんがいた。肴屋さんのTさん(変換まちがいをした。ほんとうは魚屋さんなのだけど、そういえば肴屋さんのほうがお似合いかも)。
ここんところ、何度かお手伝いさせてもらった。水はきれいで冷たいから、気持ちがいい……。
池というより正しくは沢。奥の山筋から、水がすいすいと流れてきている。何十年昔だか、山が畑になったりして、水が減っちゃって、かわりに泥が流れてきて、池は泥沼になって現在に至る、なんだそうである。
水の素性のよさは折り紙付き。何度か書いたかもしれないけど、もっと大きな声で宣伝したほうがいいと、とある先生に力説されたので、何度でも書こう。この村には水道がない。正確には、上水道の施設がない。飲み水は、住民がみんな、それぞれで調達している。井戸を掘ったり、山のわき水を引いてきたり。そしてそのどれもが、とってもおいしいというのが、この村の大きな特徴だ。
そんな、飲み水としても一級品の水が流れ込んでいる泥沼。こりゃもったいない。イワナでも飼えないだろうか。釣り堀とかできたら楽しいじゃないか。イワナは住みつかないかもしれないけど、水辺で酒が飲めるだけでもいいじゃないか、と、こんな感じで話が進む。
こういう話は、あんまり大がかりな相談などしないで、えいやと進めるのが一番。素人が、へんなことしちゃったなぁ、こうしたらもっと○○だったのに。ということは当然あると思うけど、大規模工事じゃないから、もっとうまい方法を思いつく人がいたら、あとからそのうまい方法でやりなおしてもらえばいい。
住みつくかどうかわかんないけど、イワナのプールを作るんで、水の中に材木を入れた。材木は浮いちゃうからね。押さえつけるのは悪戦苦闘だった。結局、水にはいってびしょびしょになった。水がよどんでいるところは生ぬるかったけど、新鮮な水が流れ込んでくるところは、水は冷たかった。機械で一気にやってもらおうよと弱音をはきたくもなったけど、沼地だから、機械は入れない。水は冷たいが、そうこうするうち、全国的猛暑の日になって、そういう日はこんな山の中だって、一応暑い。手足は冷たい水につかって、頭は強い日差しにあたって、なかなかキビシー肉体労働だった。
まぁなんとかできあがったので、じゃ、半完成祝いに肉でも焼くべえということになった。最後の写真は、丘の上でその準備中。池の作業をしているときには、さすがに虫の攻撃を受けてつらかったけど、なぜか丘の上にはアブだのカだのの虫はやって来ず、ご覧のようにウサギのやろうもご満悦なのであった。
イワナはまだ住みついていない。お楽しみは、これからだ。
*岸辺のアルバムという山田太一のテレビドラマがあったけれど、ここはまだ水辺のアルバムの1ページ目を開いていない状態。Bumって単語は、浮浪者・ルンペン・怠け者・ぐうたらという意味だそうで、あるいはまた、遊びに熱中する人という意味もあるらしい。このままバムバムし続けることにしよう。そういえば、ぼくがオートバイ雑誌の仕事を始めた頃に、よく仲良くいっしょに仕事をした池沢一男さんは、MotoBumというお店を開いて世界GPにも打って出た。遊びに熱中したまま2009年6月10日亡くなられた。池さん、ありがとうございました。話はぜんぜん関係ないけれど、あの頃、ぼくは、楽しかった。
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08:02
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2010年07月29日
脱走
うさぎが脱走した。といっても逃亡の意図があったかどうかはわからない。もとはといえば、ワタシが悪うございます。放し飼いにしてたんだから。
うちのぐうたら飼いうさぎ、憶病者で、ドアが開いていても外に出ないし、第一、足を踏み入れたことがない隣の部屋へ行くのにもおっかなびっくりだ。最初は、外へ連れていくときには鎖でつないでいたのだけど、飛び跳ねて走り回るのに鎖がじゃまっけそうだったし、へんなしばりはなくのびのび遊んだほうが楽しいだろうと思って(ぼくがそうだから)、最初はくさりをしたまんま手を放してみた。そのうち、ぜんぜん大丈夫なので、くさりもはずして放牧するようになった。放牧したって、目の鼻の先で穴を掘っているか、手や鼻が汚れたといって延々とお掃除をしているか、掘った穴にオナカをくっつけて寝てしまうか(冷たくて気持ちがいいらしい)、ごくときどき思い出したようにそのへんを走り回るくらいで、まるでダイナミズムに欠ける。
そんなぐうたらな放牧生活をしていたのだ。うちのうさぎは。ところが
まったく、ほんのちょっと目を離したすきだった。
建物の向こう側に消えていくお尻は、確かに目撃した。とことこと、お散歩している感じだった。実はお隣には犬がいる。その犬、今はもうすっかり退職して、退職してから三代四代たっているから、能力はないと思うんだけど、実は猟犬である。そっちへいったら食われちゃうかもしれないよと忠告しにいったら、いない。
前例からして、そのへんで寝てるにちがいないと思ったのだけど、いない。薮の中や、日ごろお散歩しているところを探してみたけど、いない。なまじ、最後に物陰に消えるお尻を見ているだけに、そこを曲がればひょこたんと座っているような気がする。でもいない。
近親者を拉致にあった人というのは、こういう気持ちなのかなぁと、たいへん不謹慎ながら思った。この場合、悪いのは北朝鮮ではなくて、うさぎを放し飼いにしたぼくと、自分の家の場所もわかっていないくせに人の管理下から離れてでかけてしまったうさぎであって、たいへんに自業自得なのだけど。そのへんには、うさぎが掘った穴がいくつも開いている。それを見るのもつらい感じになった。
夜になった。もう犬に食われちゃったかなぁ、どこかの落とし穴にでもはまって動けなくなっているのかなぁ、それとも、いきなり先祖返りをして野山を走り回って、すっかり野生化しているのかなぁなどと夢を見ながら、うさぎの家を外に出して、帰ってきたらとりあえずそこで寝られるようにしてやった。家の戸を開けておいてやってもいいけど、やつがでかけるときには人間に羽交い締めにされて連れ出され、帰ってくるときも人間の腕の中にいる。自分自身で家の出入りしたことなんか、一度もない、なさけないうさぎなのだ。
朝5時。外のうさぎ小屋(ただのケージ)を見る。帰ってない。もうこりゃ、縁がないものとあきらめるかな、うさぎがいなけりゃ、コンピュータのケーブルをかみ切られることもないなと、泣きながら納得してナスの収穫にでかけてみた。きのうは半日うさぎの捜索をしていたから、ナスもキュウリもでかくなっていた。
そんで帰ってきたら、あれ、玄関先にいるではないか、うさぎ。おやー、帰ってきた、帰ってきた。
ところが一晩ワイルドライフを送ったうさぎは、いきなり機敏な動きをするようになっていて、そうそうつかまらない。なだめたりすかしたり、水をあげたりエサをあげたり、おっかけっこをしてみたり待ちかまえてみたり、薮の中に入ったのをそっと見守ってあげたり。
悪戦苦闘2時間。やつは、やっと家の中に帰ってきた。うー、よかった。
飼い主は、これでまたケーブルをかじられなきゃいけないなぁと覚悟を決め、当の本人は、ほぼ一日ぶりに屋根の下に戻ってきて、なんだか放心している。
そういえば小学校や中学校の頃、長旅をして帰ってくると、2日3日、自分の家が自分の家じゃないような感じだったのを思い出した。やつも、そんな感じを味わっているのかな?
写真は、逃亡する直前の、もしかしたら最後の1枚になったかもしれなかったやつ。放牧は楽しそうだけど、野生の味も覚えてしまうんだね。気をつけよう。うさぎにとって、どっちが幸せなのかはよくわかんないけど。
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06:51
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2010年07月25日
危機管理
写真はちょっと古くて、6月の半ばの田んぼ。このへんは標高も高いし寒いから、田植えも遅いし稲の育ちも遅い。だから6月の半ばの田んぼも、こんな感じ。
まぁ、植えたのと見張っているのがこんなのだから、しょうがないという一面もありだけど、田んぼの大家さんの田んぼも、そんなに変わらない育ち具合から、まぁそんなものなのでしょう。
ちなみに大家さんは、ぼくらのぐうたら農業を見かねて、水の調節をやってくれたりしてくれている。知らない間に水が止まっていたり流れていたりして感激なのだけど、先手を打って「どうだ!」と言ってやりたいという意欲も、少し湧いてきた。今のところ、実行は伴っていない。
ちなみにちなみに、田んぼを見張っているこんなの、というのは人間のことで、写真で見張っているふりをしているのは、ぐうたらなうさぎだ。このあと、水を飲もうとしたのか、田んぼに足を踏み入れて、尋常じゃない踏みごたえに大慌てしていた。なさけない。
そういえば、ぼんやりテレビを見ていたら、どこかの地方のお巡りさんが「このへんでは家に鍵をかけません、平和なところです」と語っていた。平和を額面通りに受け止めてほんわかすることもできるし、テレビを見て泥棒が押し寄せたらどうするんだという心配もしないでもない。
泥棒に押し寄せられたら困るので、我が集落の誰それさんちは鍵をかけないとか、いわんや鍵をかける家なんてひとつもないとか、そういうことはかかないけれど、とはいえ、人の目はなかなか光っている。
だーれもいない時間帯にこっそりお散歩したり写真を撮ったりしていても「あー、この前、そこで写真撮ってた人は、あんたか」と言われたりする。ちゃんと監視されているんである。
もちろん、若い人たちなんかには、こういうのがおせっかいでわずらわしいと思うんだろうけど、これも安全対策のひとつじゃないかと思う。そう思ってやってるわけじゃなくて、単なる好奇心かもしれないけど、結果は同じだ。
そういえば、先日、ふらりとうちに遊びにきたFくんが、犬のMにかまれた。Fくんはよくこのへんに遊びに来るから、Mとも顔見知りである。なのにかまれた。犬は動くものが好きだから、オートバイに乗っていたりすると、足にかみついてきたりするんだけど、いたずらだから、本気でかまれたりはしない。でもFくんは、そこそこ本気でかまれちゃったんだな、これが。
Fくん、気配を殺してそーっと移動するくせがある。元気に唄でも歌いながら歩いてくれたほうが世の中明るくなりそうなんだが、そういう性分だからしかたがない。しかたがないと思っていたけど、犬心にあやしいと思ったんだろうと思う。犬も、ちゃんと危機管理をしているんだ、きっと。
本能的な危機管理を忘れてしまいつつある人間も、気をつけないと。おっと、その人間に育てられているうさぎも、どっこいで危機管理がない。もう田んぼには落ちるなよ。
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08:57
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2010年07月24日
エコ?
暑い日が続いております。このあたりは標高500メートルほどあって、涼しいところ。ヒートアイランドとか熱帯夜とかは縁がないけど、暑いは暑い。稲も、きっとすくすくと育っている。はずなんだけど、田舎素人には、稲の育ちがいいのか悪いのか、よくわかんない。正直言って、雑草と稲の区別をつけるのだって、怪しい。
稲が育てば雑草も育つ。稲を育てるのもたいへんだが、雑草にいなくなってもらうほうが、たいへんでもある。稲だろうが雑草だろうが、育ちやすい環境はおんなじだろうから、雑草が育つというのは、きっとぜんぜん悪いことではないんだろうけど、いやはや、めんどくさいのである。
薬をまいてそれで解決するならと、農薬に頼りたくなる気持ちが理解できるようになった。無農薬にこだわっている人が、自分の健康を、やっぱり薬やサプリメントで維持していたりするのを見たりすると、農作物だってそれでいいではないかと思ったりね。
まぁ、なんでも薬はやめとくにこしたことはない。覚せい剤だけの問題じゃないんじゃないかね。
ところで
田んぼの向こう側の山並みに、風力発電のプロペラが見えるようになった。このところ、風力発電の建設で静かな村が、ちょっと騒々しい。海の港から、二晩をかけてプロペラとか支柱を運んできて、山のてっぺんで組み立てている。今6機できたところで、全部で14機立てるんだそうだ。
風力発電にはいろいろあって、何年か前、スイスの山あいでずらりと並ぶプロペラを見たときには、エコ対策が進んでるなぁと思ったけど、今はいろいろ情報がはいってくるので、手放しでは喜べない。
とりあえず、でっかい。びっくり。ちょっとおっかない。この山、村の山ではなく、頂上は隣の市のエリアになる。
9月までは工事をしているというから、この夏は山のてっぺんはお忙しです。プロペラを運んでいる姿を見たいという方は、9月までが狙い目です。曲がり角を曲がるのに40分かかるという輸送風景は、ちょっと見てみたい気もする。
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16:00
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2010年07月22日
7月のお勉強会
お勉強会を始めるにあたって、というか、こりゃ、ニシマキのいつもの悪いくせなのだけど、あんまり細かいことを決めてない。昔は、旅行に行くのに、タイムスケジュールを全部ノートに書き取っていったもんだけど、今じゃすっかり、旅の日程は出かけてから決める、派になっちまっている。
さすがに、全部が全部それじゃ、参加者のみなさんもわけわかんだろうから、ニシマキ的にはずいぶんきちんと準備してるつもりなんだけど、あー、定員のことを考えてなかった。
4月に第1回を開催しようというときには、山ほどきてもらっちゃったらどうしようなんて考えてもみたけど、6名さま、2名さま!、5名さまと、まぁほどよい参加者数に恵まれてきて、定員いっぱいの心配なんて、すっかり忘れていたのでありました。そしたら今回は、お問い合わせいっぱい、20人を超えるようなのなんてできるかしらと急にびびり始めたのでありました。
で、あとから問い合わせてくれたひとに、定員を明示しておかなかったからお断りもできないけど、できたら日曜日はいっぱいっぽいから勘弁してほしくて、でも土曜日ならどうかな、なんて打診してみた。そしたら4名さま1グループが「土曜日でもいい」って元気なお返事をくれたんで、今回は土曜、日曜と2日間に渡って開催、ってことになりました。びっくり。土曜日には地元の天山文庫(詩人の草野心平ゆかりの場所)でお祭りがあって、これが酒を飲むだけ!みたいなお祭りで行きたかったんだけど、残念。あとの祭とはこのことですね。
金曜日の夜、雨の中いらしていただいた3人を、もしかしたら雨漏りのする体育館に寝ていただいて、翌朝朝になってもうおひとりが到着。4名様で土曜日のお楽しみをしていると、夕方になって日曜日にご参加の装着組が到着。土曜日の夜は焼き肉などする予定だったので、ざっとオートバイを洗ってすぐに焼き肉の用意などする。その頃、天山祭に獅子舞を披露しにいった地元の芸能保存会の面々が帰ってきて、打ち上げなどやっておいでで、少し混ざる。いつもは酒を飲み始めるときりがない方々なのだけれど、今日はなぜか、きのう朝まで飲んでいたということで、早じまいだった。なんにしても、酒は飲むわけだ。
焼き肉の頃には、お手伝いしてもらえるYさん、Sさん到着。村のトライアルライダー新人であり、芸能保存会で笛を吹いているKちゃんも、翌日はちょっと手伝っていただけることになった。みんな、オートバイごと来てくれるんで、なんとか頭数分のオートバイもそろった。このほか、チスパさんからも2台借りて、豪華なラインナップ。もっともオートバイは、人数分はないほうがいい。人数分あると、参加者があっという間に疲れちゃって、最後にはあぶないことが起きたりするからです。
さて今回も、トライアルマシンにさわったことのある人はいらっしゃらなかった。もてぎの世界選手権を見たことがあるって方が3名さまほど。20代から50代までと、いつものトライアルイベントより、年齢層はだいぶ若めです。
「私みたいなおっさんが参加して浮いちゃわないでしょうか」
ってお問い合わせをいただいてて、ぼくらもたっぷりおっさんだから大丈夫とお返事したのだけど、参加者のほうはもうちっとお若いひとが多いみたい。平均年齢50歳(推定)のトライアルの世界のほうが、世の中の常識からはずれてるのかもしれないけど。若い人はトライアルに興味がないんじゃないかって話をよく耳にするけど、そういうわけでもないんじゃないかと、これは本日の発見だった。
なにをやったかという、トライアル的メニューについては、いつものとおりです。山の奥までの小径をお散歩するってメニューもあるんだけど、途中にごくごく遠慮がちの倒木があって、これが斜めに寝てるもんだから、みなさんには苦労していただいた。ほんの直径10cmだから、トライアルやってるみなさん的には、少なくとも視覚的には想定内の障害物でしょうけど、本日ご参加のみなさんには、見るのも超えるのも初めてってわけで「お散歩にしてはハード」とのおほめのことばをいただきました。ほどよいハードさって、すごくむずかしい。この倒木は、みんなが苦労してくれるもんで、手前が掘れちゃってちょっとずつむずかしくなってきている。掘っていいことは、ほとんどなんにもありませんよと言っても、リヤタイヤが空転してるかどうかを判断できるようになるのって、ずいぶんベテランになってからのことですね。
このイベントの主旨的には、世の中にはトライアルというスポーツがあって、トライアルバイクという、とても性能が高いけれど、ある意味、とんでもないつくりをしているオートバイがあって、それはこんなふうにおもしろかったり楽しかったり苦しかったりすることがあるのだということを知ってもらえるのが大事。
どうもこの4ヶ月間の傾向として、こちらにやってくる人はみんなレベルが高くて、山を走るもするする走っちゃうし、フロントアップなどももうちょっとやれば完璧にマスターしちゃいそうな人が多いんだけど(それとも、もしかしてぼくらがすごく遠回りしただけで、本来トライアルは簡単だったのか)、ま、急いてはことを仕損じる、人間とオートバイは壊さないというのも大事な目標設定なので、もしかすると物足りないと思われる方もいらっしゃるかと思いますが、そういう方は、ぜひご自分のマシンを買っていただいて、心おきなくテクニックにチャレンジしていただきたいと思っています。あしからず。
さぁて、ともあれさておき、こうやってわが集落とトライアルを知る人が増えてくれるのが、とってもうきうきの今日この頃なのでした。
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13:36
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